明け方の碧
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服部 剛 |
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真夜中の浜辺に独り立つ 君の傍らに透明な姿で佇む <詩>
は 耳を澄ましている
繰り返される波の上から歩いて来る 夜明けの足音
君の胸から拭えぬ悲しみは 夜空に瞬いている
あの
小さい星
やがて 波音が繰り返されると 星達は白みゆく空に消え 水平線からゆらめき昇る朝陽が 緩やかに世界の色を照らす頃
君の隣に佇む
<詩>
は 頬を撫でる風となり 体内を廻り
魂の燭台に仄かな碧(あお)い火を灯す
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作品の著作権は作者が保持します。 無断転載を固く禁じます。 | |
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形式…口語自由詩
主題…「日常に対する自己の方向性」
主な表現技法…擬人法・体言止め
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解説 |
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※はじめに 詩というものは、読み方は自由であり、ここで解説する内容 はあくまでも作者・編者の主観によるものであることを予め 記しておきます。
詩について、まず個人的に感じていることを伝えさせて いただくならば、「詩は自分の分身である」ということです。 人間という存在は無数の地上の星であり、60億以上の 人間がそれぞれに「世界にたった一人」の存在であると いうことに、僕は奇跡を感じます。
人間と同じように、詩もまた、「世界に一人」と感じられる ような、「この詩人でなければこの詩は書けない」という ような詩であり、読者に伝わる詩の言葉が書ければ、その 作品には価値があると思います。
ですから詩作とは「自己探求」でもあり、この人生という 夢の途上で経験する様々な想い出の場面を映した写真を、 アルバムに貼っていくことのように感じています。
この詩は6年位前に書いたものを書き直したものです。 ある夜、詩の朗読会を終えて、終電を降りて深夜の道を 歩いていると、「自分は独りきりで歩いているのに、何故か 独りではない」ということをふと感じました。それは夜風が 優しく頬を撫でるような感覚でした。その時、「目には見え ない風のような<詩>という存在は、時に孤独な人生の 道程でも、ずっと傍らで共にいてくれる存在なのだ」と感じ ました。
その「目には見えない姿の<詩>という存在と共に、 ありふれた日常の場面を見ると、そこに<詩>が潜んで いるという感覚は、詩を書き続けるにつれて、揺るがない ものとなって来ています。
ですから、詩作とは「目に映る場面と対話し、目には 見えない者の声に耳を澄ます」ことだと感じます。例えば、 パソコンをしているあなたの手元にコップがあるとします。 そのコップはあなたに何を語りかけているでしょうか? コップの中に満たされて湯気を立てているあたたかい紅茶 が今のあなたの心でしょうか?それとも空っぽになって あたたかい紅茶を注がれるのを待っているのが今の あなたの心でしょうか?
そのような「詩的目線」で日常の場面をじっと見つめると、 目に映るいろいろなものが、無言の内に自分に語りかけて 来ます。その感覚を養うと、繰り返される平凡な日常が、 だんだん不思議なものと思えて来ます。幼い子供だった頃、 大きく開いた好奇心の瞳で、目に映る新鮮な世界をみつめ たように。
「明け方の碧」という詩について語らせていただくなら、 人は時に「独り」であり、その哀しみを抱えながらも夜明けを 願うように待つ想いは誰もの心の奥にあるものであり、この 詩を読んでくれたあなたが、この詩の中に身を置いて、無人 の浜辺で独り、潮騒を聞きながら静かな夜明けに佇み、 揺らめき昇る朝陽の生きる力を感じ、ろうそくに灯り優しく 揺れる炎は、いつまでも魂の中に消えることのない詩情の 光であるという想いが伝わるならば幸です。
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